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オタク腐女子のグダグダ日記
Posted by - 2024.05.19,Sun
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Posted by ハシバ - 2008.10.25,Sat
別れたイドとフェイが4年後に再会して、焼けぼっくいに火をつける話の続編。後日談に近いもの。この話はもしかしたら、書いただけで公開していないかもしれない……。
キス以上のお色気はありません。ゼノギ現代パロ小説。2000年5月のもの。8KB。

オリジキャラ(フェイの彼女)が出てきますので注意。
通常の連作では、フェイの彼女は普通にエリィだったのですが、この話では酷い目に遭わせてしまう罪悪感でオリジキャラにしたもよう。
バファリンレベルの無駄な優しさ!

 






 「また来る」
 玄関で革靴に足を通してドアを開ける前に、フェイは振り向いてそう言った。
 昨晩来た時と同じ格好。短くしたとはいえ、撫でつけなければ落ちて来る長さの髪を整髪料で固めて、ブルーの細いラインの入ったグレーのスーツにワームグレーのシャツを着込んでいる。きっちりとネクタイを締めて、人の良さそうな笑みを浮かべるその外見からは、この一晩の愉悦の影はまったく見えなかった。
 足元の段差のせいでわずかにイドを見上げて、フェイはベッドから這い出したままの格好のイドに手を伸ばす。ジーパンを履いただけの裸の上半身の、首から胸に散った幾つかの紅い痕を満足げに指で辿った。
 「消えないうちに来たいな、どうせなら」
 「そんなに度々来る気もくせに」
 「そういつもは無理だよ。仕方ないよ」
 どこか切り離したような雰囲気を漂わせて、フェイは笑みを浮かべた。そうイドが感じた事を察知したように、フェイは改めて人懐っこい笑顔を浮かべて見せた。鞄を足元に置いて、両掌をそっとイドの頬に当てる。引き寄せられるまま顔を寄せると、フェイの柔らかな唇がイドのそれに押し当てられた。
 乾いた粘膜がただ当てられ、ずらされる。じんわりと広がる暖かさに息を吐くと、フェイの近い眸が微笑んだ。
 「……また来る」
 言うと、フェイは背を向けて帰っていった。イドの存在を忘れたように閉められたドアの前で、イドはなんとなく立ち尽くした。
 憎らしいほどあっさりと帰っていくのは、またここに来る気があるという事だ。
 4年前、フェイは全ての未練をここに残して出ていった。
 お気に入りの時計、着慣れた服。半分以上残った煙草、読みかけの本。まだ観ていなかったビデオ、夕飯に出るはずだった肉。そして……イド自身。
 何を持って出ていったのかと訝しく思うくらいに、フェイはわずかな物しか持っていかなかったのだ。
 フェイは絶対に帰って来れないように、すべてを置いて出ていった。


 今でも、この部屋にフェイがいると不思議に感じる。
 この部屋では、もう2度と見れるはずのなかった人。イドはフェイをそう思っていた。フェイ自身も自分をそう思っているのだろう、フェイはよりが戻った今、この部屋によく来るようになってからも、自分の物をこの部屋に持ち込もうとはしなかった。
 フェイはある種類のノスタルジーを持って、ここに来ているだけなのだ。また突然、この部屋の風景からフェイが消えるのもありえない事ではなかった。
 イドはそれでもいいと思っていた。
 イドもフェイに、ノスタルジーを感じていないと言えば嘘になった。この部屋にフェイがいる。それだけで、イドの懐古に繋がるのだ。
 あの黒い眸が自分を映して、穏やかに微笑む。
 その笑顔に抱く焦燥。……それを感じる度に、イドはフェイが『そこにいる』と強く実感する。
 フェイは闇を見せる。無意識的にしろ、意識的にしろ、それはある種の人間に強く働きかけて捕えてしまうのだ。
 あの黒い眸。まるで森の奥に佇む暗い沼のような、あの眸。
 自分以外のものをすべて飲み込むほどの貪欲と残酷をその身に押し隠して、恐ろしいほど凪いだその水面。
 風がその凪を撫でれば、水面に浮かんだ波の間、鏡面に映した像が揺れてフェイが垣間見える。
 いや、揺らめきこそ、フェイそのものなのだ。惹かれて覗き込めば、闇が映る。そして水底から手が伸びて、
 そして

――それっきり、だ……


 居間に戻ったイドは、椅子に放ってあったシャツに腕を通した。ぼんやりと煙草を銜えながら見遣った時計は、とっくに昼を過ぎていた。
 フェイは今日の日曜日を休養にあてて、そして月曜日からまた素知らぬ振りで会社に行くのだろうか。イドと再会する前と同じように、何事もなかったような顔をして。
 いかにもフェイらしい、とイドは煙の軌跡を目で追った。
 その時不意に、玄関の外から話し声が聞こえた。明らかに言い争うような、そういった声だ。何事かとイドは玄関に出る。
 男と女の声だった。内容はよく聞き取れないものの、痴話喧嘩であることは容易に知れた。男が低い声で女を窘めている。イドは玄関のドアを開けた。
 「……フェイ、人の家の玄関先で騒ぐな」
 思った通りの光景が展開されていた。
 不意に開かれたドアの中のイドを、2人の男女は同時に見つめる。男は、声で知れた通りフェイだった。
 「ごめん、どうしても中に入るって聞かなくて」
 本当に困り果てたようにフェイが言う。言われたのは、ショートボブの女性だった。淡い色のアンサンブルから、細い首と腕が覗いている。
 部屋から出てきたイドを、不思議そうな顔をして穴が開くほど見詰めている。
 「ほら、ここにはこいつしか住んでないんだ。話はまた……時間を作るから、な。今日は送るよ」
 フェイの言葉を聞くまでもなく、イドには分かっていた。
――フェイの彼女だ。
 イドの胸に、突然残虐な気持ちが込み上げた。
 「なに、アンタ。ここがフェイの浮気相手の住処とでも思ったのか」
 揶揄るように笑いながら言うと、女性の顔がカッと赤くなった。癇に障ったのは表情ですぐに分かる。フェイが窘めるようにイド、と低く叫んだ。
 「残念だけど、もうフェイはアンタとは付き合わねーよ」
 自分でも時々、よくわざと酷いことが言えると思う。頭の中は真っ白に近く、何も考えていない状態なのに、言葉だけが流れるように滑り落ちるのだ。
 「会社の同僚? 学生時代の知り合い? それともコンパか? せいぜいそれぐらいだろ、知り合ったのは。フェイはちゃんと働くからな。しっかりキープしておきたかったよな」
 怒りが咽喉に詰まっているのか、それともプライドが口を塞いでいるのか。初対面の男のあまりの不躾さに、女性は憤りを露わにイドを睨み付けている。
 「おい、イド」
 そこまで言う事はないだろうという態度で、フェイはイドに詰め寄った。その勢いを逆手にとって、イドはフェイの手首を掴んで引き寄せる。驚愕の一瞬のうちに腰を引き寄せて、腕を背中に捻じり上げた。
 「痛ッ な・何……!」
 痛みに仰け反ったフェイの肩越しに女の顔を見ながら、腕を抑えたまま、イドはフェイのスーツの襟元から引き出すように、シャツを引き裂いた。
 砕けたボタンの欠片がバラバラと散る。間近でフェイの、そして離れた所で女の息を呑む音が聞こえたような気がした。
 シャツを裂いた手でスーツの襟を引いて、反対の手でフェイの顎を反らせた。露わになった胸には、生々しい紅い痕が残っているはずだ。それが目の前の女に晒されている。
 女の表情が一瞬にして変わった。先程のディスプレイ用の怒りの表情が剥げ落ちて、女の内側そのままが現れ始めた。紙のように白くなったかと思うと、段々と赤黒く変色していく。鬱血しているようなその色。
 怒りとはこういう色なのかと思うと、イドは不思議と落ち着いた。視線を女に向けたまま、イドは力の抜けたフェイの身体を抱き直す。
 「……こういうわけなんだ、悪いな。アンタの勘当たったぜ」
 言って、フェイの唇に舌を這わせた。途端弾けたように、女は背を向けて駆け出した。
 それで我に返ったのか、フェイがそれを追うようにイドの腕を振り解こうとした。しかしイドは許さず、そのまま部屋に引きずり込んで玄関のドアを閉めてしまった。
 思わず鍵をかけて、チェーンロックまでかけようとした自分が急に神経質に感じられて、イドはフェイを振り返った。
 フェイはずれたネクタイを苦しげに緩めていた。そしてイドの視線に気付いたような顔をして見せた。視線がかち合った途端に、イドの心はヒヤッと動揺した。その冷たさがどういう種類になのか、イドには分かっていた。『後悔』だった。
 「……スーツのボタンも取れかけてるぜ。力任せに引っ張るんだもんな」
 まるで子供をあやすようなフェイの口調に、イドは詰まっていた息を吐いた。
 「ごめんな、イド」
 泣き笑いのような表情を浮かべながらフェイは言った。
 あべこべだ、イドは思った。俺が謝る所だ、そう思ったが声は出なかった。自分が悪いなんてちっとも思っていないのは重々承知した上で、それでも言葉にはならなかった。
 「追いかけなくて、いいのか」
 やっと出された言葉は苦しく矛盾に満ちていて、自分でも腹が立つほどだった。そっと見遣ったフェイは伏せ目がちに薄く微笑んでいた。聞くまでもなかった、表情が言っている。
 残酷な事実。『彼女はもう、どうでもいいんだ』
 フェイの顔がすいっと近付く。見上げて来る黒い眸、その凪いだ水面。漆黒の湖面が間近で揺らめいた。
 あぁ、とイドは目を閉じた。
 結局この眸からは逃げられはしないのだ。捕らわれてしまっている。清く澄んだ沼の、その底に沈む柔らかな泥濘。
 フェイの長い腕がそっとイドの背に回された。
 「……俺のせいで傷付けたな。本当にごめん……」
 イドの肩口に顔を埋めて、フェイは腕に力を込める。そのように、自分も抱いて欲しいと。
 イドはフェイの望むまま、フェイの背に腕を回して抱きしめてやる。擦り付けるように頬を寄せて、フェイはもう一度「ごめん」と呟いた。
 謝罪の言葉にかかわらず、ねだるような響きをそれは持っていた。
 イドは観念する。どうしたって、逆らう事は出来ないのだ。
 暗く凪いだ沼に映る姿。自分の姿と思うそれが、果たして本当に自分のものなのか?
 魔物というのは、えてしてそういう所に潜むものだ。
 イドは誰よりそれをよく知っていた。




2000/5/28
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